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Vol.13≪NEW一族主義≫
日本工業新聞/平成3年(1991年)8月27日(火)
フジタカの福利厚生制度は、その手厚いことで、全国的に知られている。
たとえば、社員が病気入院してもその時点の給与と賞与は保証される。家族が入院しても入院費と介護費が支給される。万一、社員が死亡した場合には遺族に2年間の十分な扶助料がでるとともに、進学を望む子弟には大学まで教育資金が支給される。
勤続年限で多少の差はあるが、この、おおまかな例示だけでも、制度の充実ぶりがうかがえる。定年は60歳だが、体力気力があり希望があれば65歳まで働くことができる。終身年金制度により定年退職者には、退職時の月収の85%が支給される。支給額は貨幣価値の減少を考慮し、年率5%ずつ゛増額″される。
サラリーマンとその家族は、病気やケガの影響、定年後の生活苦などの心配が、頭から離れない。フジタカの社員がうらやましく感じられる。
未来積立制度というのも始まっている。社員の一定の積み立てと、会社からの助成金により、老後の住宅を確保する。と同時に、医療や介護など老後の生活を助ける条件をつくる制度である。なぜここまで、という問いに保治は答える。
「昭和初期の経営者の精神に立ち帰ろうと思っているのですよ」と。
昭和初期は、定年55歳の制度が普及した時代だった。それは55歳以上はもう知りませんよ、ということではなかった。当時は人生50年の時代である。55歳の定年は「会社は貴方の生涯のすべての面倒をみますよ」という意味であった。
人生70年、80年の時代に55歳定年を温存して終身雇用と称するのは、まやかしにすぎない。
「いまこそ、高齢化社会に対応した企業と人との新しい関係を、企業人の力で作り出さなくては」と保治はいうのである。昭和初期へ帰る、という古めかしく見えたその底にある保治の発想は、なんと、現代でも最も進んだ考え方であった。
「私はフジタカという一族の長だと思います。家長(社長)は、家族(社員)を守らなければならない」。これも古めかしい企業家族主義に聞こえるが、そうではない。
現代は家族制度が崩れ、社会の荒波が直接個人に襲いかかる時代である。勤労者が病気にかかったり死亡したりすると、かつては実家や一族のゆとりある人が遺族を助けた。いまは親、兄弟でさえ救いの手をすぐには伸ばせない。ゆとりがないのだ。
その遺族を助けるための務めを、親族に代わって企業が行う、企業の長である社長が考える。現代の不安を企業の力で救おうとする新しい考え方である。
「若い人は、それは国がやることだ、というんです。私は企業がすることだと思う。現に本人や家族の病気やケガの不慮の死により、昨日までと同じ暮らしを送れなく家が出てくる。そういうとき、国のすることで十分と思いでしょうか」
こういう考え方を、保治は「NEW一族主義」と、呼ぶ。フジタカ全社員が一族だという考えである。
そして、一族が助け合い「喜びを共に」に生活できる状況を維持し発展させるためにも、現実の仕事には厳しく立ち向かおうと機会あるごとに、発言している。<敬称略>

<文・村上 順一郎>

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