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Vol.4≪繁栄のなかで≫
日本工業新聞/平成3年(1991年)8月9日(金)
あとから振り返って、時代の表情を正確につかむのは、むずかしい。昭和32年に金沢、翌年に名古屋、37年大阪、と営業所は増えた。
当初の営業所は、たとえば金沢は神具店の店先に間借りした。名古屋は、所長に営業マンに事務員の3人で、来客があれば所長以外は外へ出なくてはならないほど狭かった。そのあと、より良い場所へ各営業所は移転を重ねビルに変わる。
受注量も生産能力を上回るほど激増して、納期に迫られた営業マンと、生産計画をやりくりする工場の担当者が、激論をかわすこともしばしばであった。どこも、活気に溢れている。資本金も年々増額され、売り上げも急カーブで上昇している。こういう状況の中では、おそらく人々は、その日の務めを果たすことに精力を使いつくしていたのではあるまいか。何も疑わずに。おそらく意識のどこかで
「今日の繁栄は明日へ続く。ずーっと先へ続く」
と思っているのではないか。なにも問題はない。あるとすれば忙しさ、だけである。「しかし」と保治はおそれていた。「今の繁栄が、当然、明日へ続くということがあるのか。そういう哲学はないのじゃないか」いまの繁栄、というのは、自分の場合、たばこウィンドーの盛況である。よく買っていただいては、いる。だが、ウィンドーというものは、だれかが一人、四六時中、そこへ座っていることを想定して作られている。このように産業が発展していく時代、そういうことがいつまで可能なのか。
また、お買い上げいただいた製品のアフターサービス、メンテナンスはどうだろうか。たしかに、それは必要である。次のお客様にもつながる。こちらも、営業マンでもメンテナンスに応じられるよう技術教育を施している。
しかし、営業マンが現地へ駆けつけるのに要する時間が年々延びている。道中6時間、現地1時間ということもある。こういうことを続けなければならない状態で、今日の繁栄が明日も保証される、といっていいのか。
いいものを作る、そうすれば報われる−という素朴な声の中で、保治は疑いを感じていた。疑いをもつだけですまないのが、経営陣である。
無意識に信じられている「明日も繁栄が続く」という哲学を実現しなければならない。保治が「自動販売機」という概念にぶつかったのは、昭和30年に入ったころであった。コインを入れると、たばこが出てくる。店が閉まっていても、店員が席をはずしていても、消費者はたばこを手に入れることができる。
売る側にも有利である。店を閉めていても、席をはずしていても、消費者はたばこを手に入れることができる。見慣れない顔が、四条大宮の工場にそっと出入りするようになった。保治がポケットマネーで招いた自動販売機づくりの技術者、協力者である。
たばこは信用第一の商品である。たばこにかかわる人々は挑戦より安定を好む人が多い。保治はときおり冷たい視線を感じながら、新しいことに熱中している。<敬称略>

<文・村上 順一郎>

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