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Vol.5≪自販機ことはじめ≫
日本工業新聞/平成3年(1991年)8月13日(火)
いま、街には自動販売機がはんらんしている。コインの種類を見わけ、正確に釣りを出す。紙幣やクレジットカードも、読みわける。
1台の機械に、非常に冷たいものと、とても熱いものが入っていて、好きなほうを選べる。誰も不思議に思わない。
保治がたばこ自販機の開発に取り組みはじめたころ、信頼できるサンプルも理論もなかった。自分たちで考えながら作るほかない。そして、ようやく使用に耐えられるものが完成した。
東京テアトル劇場のロビーに置いたことがある。マスコミにも取り上げられ人気上々。10円と50円と使えてわりと精巧なものだった。これを全国のたばこ店に買い取ってもらう。はじめは頼み込んで置いてもらうしかないが、たばこ店とは、縁が深い。
うまくいくはず、だった。
便利だねえ、1台もらうよ、ということになる、と思っていたが、なんとクレームの山である。故障につぐ故障なのだ。工場のテストでは、あれほどうまくいったのに。
「めずらしいものですから、お客様も関心をおもちになったのでしょうね。金を入れたら、ホントにたばこがでてくるのかな、と機械を斜めにしたり、ゆすったり、たたいたりなさる。なかにはそんなに悪気もなくて、金以外のものを見わけられるかな、とほかのものでテストなさる。まだ生まれたての機械ですから、たまりませんよ」
というわけで、客の゛テスト″を防いだり、クレームを受け付けるため、自動販売機の横に張り番をつけなくてはならない。
できるだけ、サービスマンが出向くのだが、全部見張るのは、むりである。たばこ店はこんなに人手のかかるものはごめんだ、と言う。人手を節約する機械なのに、皮肉なことになった。
「せっかく、たばこ店のあいだで得た信用が台なしになる。自販機はやめよう」と反対の声が大きくなった。父の富太郎も賛成ではない。おおさわぎして、儲かるどころか・・・。
あのころが、(2代目の)勝負どころでしたな、と古参の社員は振り返る。保治は、もちろん大声で泣きたいような気持ちだったが、引き返す気はなかった。自販機の時代が必ずくる、という確信はゆるがない。では、なにが問題なのか。
いまはプロセスにすぎない。機械が改良され、消費者の使い方が安定すれば危機は乗り越えられる。
なにも、時代に逆行しているわけじゃない。
そう気をとりなおして、よりよい機械の開発と、たばこ店への販売活動を続けた。若い社員もがむしゃらについてきた。
「気力だけの戦いが4、5年は続きましたね」
昭和34、5年ごろになると、情勢が変わってきた。自販機が、普通に扱われるようになった。飲料の自販機も消費者に受け入れられてきた。
ついに自販機時代の幕開きである。
大手企業が参入してきた。
「有望な市場をやっと開拓すると、必ず大手さんが入って来られる。どの業界も同じですけどね」保治はまた、作戦を練らなければならない。<敬称略>

<文・村上 順一郎>

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